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豆知識

まめ知識家紋や名字、その他「和」に関するミニコラム

全国名字めぐりの旅 富山県(10)

富山県の安田さんといえば安田財閥の祖である安田善次郎が有名だ。善次郎は富山藩の足軽の子に生まれたが、武士を捨て江戸へ出て両替商で働き、資金をためて安田銀行を創立した。現在のみずほフィナンシャルグループである。明治初期には釧路鉄道を敷設し、硫黄鉱山の開発に乗り出す。そこで掘り出した硫黄をアメリカに輸出するため小さな漁村だった釧路を開発し、道東最大の都市に発展させたのは善次郎の功績。これに感謝した釧路は開港35周年の式典で善次郎をたたえて表彰した。
 善次郎の遠いルーツは古代中国・漢王朝の王族である。その末裔がはるばる日本に渡来して三善(みよし)姓を与えられ、法律や数学の専門家として朝廷に仕え、康信のときには源頼朝の信頼を得て鎌倉幕府の重臣に迎えられ。そして子孫は医者になり、三善清雄のとき現在の富山市婦中町安田に移り住んで安田姓に改め、農民となった。しかし、数代後の善悦のとき金で武士の身分を買って富山藩士となったのだ。その子が善次郎である。
善次郎の家紋は大変に珍しい「釜敷き梅鉢」。これは明治創作した家紋ではないかと思われる。ほかに富山県の安田家は「剣花菱」もよく使う。(出典 MNKニュース)

全国名字めぐりの旅 富山県(9)

富山の薬売りは、薬に興味を持っていた富山藩2代藩主前田正甫(まさとし)が富山反魂丹を製薬したことに始まる。元禄3年(1690)に江戸城で奥州三春藩主の秋田輝季が急な腹痛に襲われた。そのとき正甫が懐から取り出した反魂丹を飲ませると、スッと痛みが消えたことが評判になり、諸国の大名が求めるようになる。それに応じる形で、富山藩では薬の行商を始めた。商売の理念も正甫が訓示した「用を先にし利を後にせよ」に従った。これは薬を家庭に置いて帰り、使った分だけ後で代金を支払ってもらうという方法で、当時としては画期的な売り方だった。
 ところで石川県の辻さんは大きく分けると二つの系統があり、まずは滋賀県から発祥した系統で、第56代清和天皇(850-80)の流れをくむ清和源氏の子孫。家紋は「剣かたばみ」をよく使う。剣は先祖が武士だったことのあらわれである。次は古代の名族三枝氏の子孫で、こちらは「三つ巴」や「三階松」をよく使う。(出典 MNKニュース)

全国名字めぐりの旅 富山県(8)

富山県で有名な高島氏としては高岡市の高島家があり、江戸時代(1603-1867)は十村(村長)を勤め、明治の廉太郎は石川県最初の県会議員選挙に当選した。この高島家のルーツは現在の滋賀県高島市から発祥した第59代宇多天皇(867-931)の流れをくむ宇多源氏佐々木一族。系図によれば佐々木越中守泰氏の子範綱が初めて高島四郎と名乗ったとある。高島氏は清水山城(現在の高島市新旭町)に拠って江北地方に隠然たる勢力を誇った名族だが、戦国時代(1467-1568)になると新興勢力である浅井氏によって領地を奪われ、近江国(滋賀県)を立ち退いた。
 宇多源氏の高島氏は「隅立て四つ目」をよく使う。この家紋は鹿の子しぼりの目が四つ寄り添った形で一族の団結をあらわしたもの。ほかに藤原姓の高島氏は「上り藤」を使っている。これは藤紋によって先祖が藤原氏であることを示しているわけだ。(出典 MNKニュース)

豆知識

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