家紋や名字、その他「和」に関するコラム

  • 青木周蔵の家紋

    青木周蔵の家紋1844年3月3日 - 1914年2月16日、 外交官、政治家。
    長門国出身。村医の家柄。養子の梅三郎は杉孫七郎の息子。第一次、第二次山縣内閣、第一次松方正義内閣で、外務大臣を務め、条約改正に尽力。外交政略としては強硬路線を進め、義和団の乱の時には、積極介入を試みた。

    家紋は三つ盛洲浜紋。
  • 笑福亭仁鶴(3代) の家紋

    笑福亭仁鶴(3代) の家紋1937年1月28日 -、 落語家、司会者。
    大阪府大阪市生野区出身。本名は、本名、岡本武士。吉本興業特別顧問。「バラエティー生活笑百科」の司会を長年務める。

    家紋の左二つ巴紋は、1980年頃の雑誌記事「これがアイドルスターの家紋だ!!」による。落語家としての家紋は笑福亭の定紋の五枚笹紋
  • 岡倉天心の家紋

    岡倉天心の家紋岡倉天心 。1863年2月14日 - 1913年9月2日、 美術家、美術史家。
    横浜出身。福井藩士・岡倉勘右衛門の次男。東京美術学校(現・東京藝術大学)の設立、日本美術院の創設に貢献。日本美術史の講義を行い横山大観下村観山らを育てた。主著は『東洋の理想』『茶の本』。

    家紋の葉上三葉藤紋は墓所写真にて確認。
  • 春風亭柳昇の家紋

    春風亭柳昇の家紋1920年10月18日 - 2003年6月16日、 落語家。
    東京都武蔵野市出身。本名は秋本安雄。次男はアニメ監督・アニメーターの知吹愛弓。社団法人落語芸術協会副会長(後に理事長)を務める。自身の体験を生かした創作落語・「与太郎戦記」は、後に映画化もされる。

    家紋は五瓜紋。
  • 鷹司煕通の家紋

    鷹司煕通の家紋1855年4月2日 - 1918年5月17日、 軍人、侍従長。
    京都出身。九条尚忠の子。嗣子のなかった鷹司輔煕の養嗣子となり、煕通と名乗る。読みは、たかつかさひろみち。陸軍少将に昇進後、後備役に編入されるが、1912年には、侍従長に任命される。勲一等に叙され旭日大綬章を賜る。

    家紋は鷹司牡丹紋
  • 松旭斎天洋の家紋

    松旭斎天洋の家紋1888年9月21日 - 1980年9月30日、 奇術師。
    福井県敦賀市出身。本名は山田松太郎。子供の頃は大阪で丁稚奉公をしていた。母親が奇術師の松旭斎天一の姉であった縁で松旭斎天一に弟子入り。「天洋奇術研究所」を創立し、三越日本橋本店で手品商品の実演販売を行う。

    家紋は三つ柏紋
  • 内田百閒の家紋

    内田百閒の家紋1889年5月29日 - 1971年4月20日、 小説家、随筆家。
    岡山県出身。生家は造り酒屋。読みは、うちだひゃっけん。夏目漱石の門下でユーモアに富んだ随筆を得意とした。代表作は、『旅順入城式』 『阿房列車』。黒澤明の映画「まあだだよ」の題材となる。画像は中野の金剛寺にて。

    家紋は丸に剣片喰紋
  • 赤松則良の家紋

    赤松則良の家紋赤松則良 。1841年12月13日 - 1920年9月23日、 海軍軍人。
    江戸深川出身。幕臣・吉沢家に生まれ、祖父の赤松姓を継ぐ。妻は、林洞海の二女。長女・登志子は作家森鴎外の妻。海軍造船会議議長を務め、日本造船の父と呼ばれる。最終階級は海軍中将。画像は文京区吉祥寺にて撮影。

    家紋は竜胆車紋
  • 明石家さんまの家紋

    明石家さんまの家紋1955年7月1日 - 、 お笑いタレント、俳優。
    奈良県出身。本名は杉本高文。笑福亭松之助に弟子入り。当初の芸名は「笑福亭さんま」。タモリ、ビートたけしとの3人で日本のお笑い芸人BIG3と称される。「男女7人夏物語」などテレビドラマにも多数出演。

    五枚笹は笑福亭一門の定紋。
  • 秋田実季の家紋

    秋田実季の家紋1576年 - 1660年1月11日、 武将、大名。
    安東愛季の長男。読みは、あきたさねすえ。豊臣秀吉より出羽・秋田5万2千石の安堵を認められたが、関ヶ原の戦いの後、徳川家康に常陸・宍戸に転封される。嫡男の俊季の代に陸奥・三春に移され、幕末まで存続した。

    家紋は檜扇に違い鷲の羽紋。