家紋や名字、その他「和」に関するコラム

  • 竹越與三郎の家紋

    竹越與三郎の家紋竹越與三郎 。1865年11月22日 – 1950年1月12日、 歴史学者。
    武蔵国本庄宿出身。湯浅治郎の紹介で徳富蘇峰と知り合い、民友社及び『国民新聞』の創刊の手伝いをする。また、山路愛山とも親交を結び、帝国主義的海外膨張論の南進論を主張した。画像は多磨霊園にて撮影。

    家紋は丸に十五枚笹紋
  • 武内桂舟の家紋

    武内桂舟の家紋武内桂舟。1861年11月13日 – 1942年1月3日、 挿絵画家。
    紀州藩江戸藩邸に生まれる。父・武内半介は、留守居役の紀州藩士で勝海舟と親しかったという。一時、月岡芳年の元で学ぶ。尾崎紅葉山田美妙巌谷小波らの文学結社「硯友社」に参加し挿絵を描いた。

    家紋はの笹竜胆紋
  • 武井武雄の家紋

    武井武雄の家紋武井武雄 。1894年6月25日 – 1983年2月7日、 童画家。
    長野県平野村出身。裕福な地主の家に生まれる。子供向けの絵を「童画」と命名し、芸術の域にまで高めた。村山知義等とともに日本童画家協会を結成。恩地孝四郎の推薦で日本版画協会会員となる。紫綬褒章受章。

    家紋は割り菱紋
  • 田久保英夫の家紋

    田久保英夫の家紋田久保英夫 。1928年1月25日 – 2001年4月14日、 小説家。
    東京都台東区浅草出身。料亭で育つ。「緑の年」を『新潮』に発表し文壇デビューする。幼少時の体験を描いた「解禁」で芥川賞候補、「深い河」で芥川賞を受賞。代表作は『深い河』『触媒』『辻火』等。画像は八柱霊園の墓所にて撮影。

    家紋は丸に違い鷹の羽紋
  • 瀧廉太郎の家紋

    瀧廉太の家紋瀧廉太郎 。1879年8月24日 – 1903年6月29日、 作曲家。
    東京市芝区出身。読みは、たきれんたろう。瀧家は江戸時代、日出藩の家老職をつとめた上級武士の家柄。代表曲は「荒城の月」「箱根八里」「お正月」「鳩ぽっぽ」等。

    家紋の逆笹紋は、日出町教育委員会生涯学習課文化財保護係からいただいた情報より。
  • 瀧山の家紋

    瀧山の家紋瀧山 。1805年 – 1876年1月14日、 大奥御年寄。
    御鉄砲百人組・大岡義方の長女。江戸幕府12代将軍徳川家慶・13代家定・14代家茂時代の御年寄を務め江戸開城に伴い大奥の最後の幕引きをした。家紋画像は川口・錫杖寺にて撮影。

    家紋は丸に大割り蔦紋
  • 滝田栄の家紋

    滝田栄の家紋滝田栄 。1950年12月5日 – 、 俳優。
    千葉県印西市出身。第24代横綱・鳳谷太郎は大叔父。文学座の養成所を経て劇団四季で活躍。NHK大河ドラマ徳川家康』では主役を演じる。『料理バンザイ!』の司会。画像は谷中・延寿寺の鳳谷太郎(滝田明)の墓所にて撮影。

    家紋は桐車。
  • 瀧口修造の家紋

    瀧口修造の家紋瀧口修造 。1903年12月7日 – 1979年7月1日、 美術評論家。
    富山県婦負郡寒江村大塚出身。3人姉弟の長男。近代日本を代表する美術評論家、詩人、画家。戦前・戦後の日本における正統シュルレアリスムの理論的支柱。治安維持法違反容疑で特高に逮捕された。

    家紋は二つ雁に沢瀉紋。墓所の写真にて確認。
  • 滝川一益の家紋

    滝川一益の家紋滝川一益 。1525年 – 1586年10月21日、 戦国時代の武将。
    近江国甲賀出身。土豪・滝川資清の次男。織田信長の家臣として伊勢長島攻め、長篠の戦い、石山合戦で功を上げる。上野と信濃の一部を与えられ関東管領を名乗った。また、恩賞として、領地よりも茶器を所望したと言われている。

    家紋は丸に立木瓜紋
  • 高山樗牛の家紋

    高山樗牛の家紋高山樗牛 。1871年2月28日 – 1902年12月24日、 思想家。
    羽前国鶴岡出身。読みは、たかやまちょぎゅう。本名は高山林次郎。父は庄内藩士。伯父・高山久平の養子となる。読売新聞の懸賞小説に、『滝口入道』が入選。その後、「日本主義」を鼓吹する評論を多く書いた。

    家紋の細輪に桔梗紋絵葉書にて確認。