家紋や名字、その他「和」に関するコラム

  • 高林謙三の家紋

    高林謙三の家紋高林謙三。1832年5月25日 – 1901年4月1日、 発明家、実業家。
    武蔵国高麗郡平沢村出身。佐藤尚中門下。川越藩主・松平直克侍医になる。その後、私財を投じて製茶機械開発に全人生を賭け、「生茶葉蒸器械」と「製茶摩擦器械」を発明。画像は川越の喜多院・斎霊殿の墓所にて撮影。

    家紋は丸に九枚笹紋
  • 高浜虚子の家紋

    高浜虚子の家紋高浜虚子 。1874年2月22日 – 1959年4月8日、 俳人、小説家。
    愛媛県松山市長町新町に旧松山藩士・池内政忠の4男として生まれた。9歳の時に祖母の実家、高濱家を継ぐ。本名・高濱清。俳誌『ほとゝぎす』に参加。俳壇に君臨する。画像は鎌倉・寿福寺の墓所にて撮影した水桶。九曜が微妙にわかる。

    家紋は九曜紋
  • 高畠藍泉の家紋

    高畠藍泉の家紋高畠藍泉 。1838年5月12日 – 1885年11月18日、 記者。
    江戸幕府御本丸奥勤のお茶坊主衆の家に生まれる。読みは、たかばたけらんせん。東京日日新聞、読売新聞等の記者を務める。小説家としては「怪化百物語」等の作品がある。三世・柳亭種彦と言われた。画像は浅草松葉町正定寺の墓所にて撮影。

    家紋は丸の内に三つ引き紋
  • 真田領4城「御城印」集め 記念印をもらおう 沼田市など4市町、きょうから/群馬

    真田城御朱印真田氏ゆかりの4城の「攻城記念」の御城印


     戦国武将・真田氏とゆかりのある沼田市など4市町が連携して、真田領4城の「御城印」を購入した人を対象に記念の御城印のプレゼントを25日から始める。真田氏と徳川氏が戦った第一次上田合戦の勝利を記念したイベントだ。


     プレゼントするのは、後略(引用、毎日新聞より)

  • 高畠華宵の家紋

    高畠華宵の家紋高畠華宵 。1888年4月6日 – 1966年7月31日、 画家。
    愛媛県宇和島市裡町出身。本名は、高畠幸吉。読みは、たかはたけかしょう。『少女画報』『少女倶楽部』『婦人世界』などの挿絵画は一世を風靡し、竹久夢二らと並ぶスター画家となる。画像は鎌倉霊園の墓所にて撮影。

    家紋は丸に右一つ巴紋
  • 高橋至時の家紋

    高橋至時の家紋高橋至時 。1764年12月22日 – 1804年2月15日、 天文学者。
    大阪出身。定番同心の子。通称・作左衛門。読みは、たかはしよしとき。伊能忠敬に西洋暦を教え忠敬の日本全国の地理測量を支援。伊能忠敬の没後「大日本沿海輿地全図」を完成させた高橋景保の父。画像は上野源空寺の墓所にて撮影。

    家紋は丸に剣片喰紋
  • 高橋信之の家紋

    高橋信之の家紋高橋信之 。1957年4月30日 – 、 出版プロデューサー。
    出身は東京都大田区。本名は高橋信幸。学生時代にSFファン集団「宇宙軍」を設立。80年代にスタジオハードを創業。初めて「コスプレ」という言葉を雑誌記事に使用。

    家紋は釘抜きに点だが、実家墓所には点が省略されているという。
  • 高橋泥舟の家紋

    高橋泥舟の家紋高橋泥舟 。1835年3月15日 – 1903年2月13日、 武士・幕臣。
    江戸出身。旗本・山岡正業の次男。婿養子として山岡家に入った山岡鉄舟は義弟にあたる。幕府が鳥羽・伏見の戦い敗戦後、帰京した徳川慶喜に恭順を説いた。勝海舟山岡鉄舟と並んで「幕末の三舟」と呼ばれている。

    家紋は丸に抱き細柏紋。
  • 高橋竹山の家紋

    高橋竹山の家紋高橋竹山 。1910年6月18日 – 1998年2月5日、 三味線名人。
    青森県東津軽郡中平内村小湊出身。本名は高橋定蔵。一地方の芸であった津軽三味線を全国に広めた第一人者。演歌歌手北島三郎が歌った『風雪ながれ旅』のモデル。ただし、自身のマークとして竹輪に根笹紋を使用。

    高橋家の家紋は丸に橘紋
  • 高橋新吉の家紋

    高橋新吉の家紋高橋新吉 。1843年2月26日 – 1918年11月30日、 文学者・実業家。
    薩摩国出身。藩士高橋七郎の次男。「英和対訳袖珍辞書」を底本として辞書『和訳英辞林』(「薩摩辞書」)を編纂。九州鉄道初代社長、南満洲鉄道や韓国銀行の設立委員などを歴任。画像は青山霊園の墓所にて撮影。

    家紋は十五枚笹竹の丸紋。