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豆知識

まめ知識家紋や名字、その他「和」に関するミニコラム

全国名字めぐりの旅 秋田県(4)

秋田県の男性は口数が少なく、生まじめで照れ屋という。それでいて金銭感覚はルーズなところがあり、よく飲み、よく遊ぶ。恋愛は奥手なので、そうじて婚期は遅いが、結婚するとマイホームパパになる。女性はおおらかだが芯は強い。恋愛に関しては男性よりも積極的で、グイグイと男性をリードする。結婚すると忍耐強いので、なかなか離婚しないのも秋田女性の特徴だ。
 ところで秋田県には石井さんが多くみられる。武士の家系が多いという特徴があり、とくに秋田県大館市から移住した家には武家が目立つ。ルーツは第五十代桓武天皇の流れをくむ桓武平氏。平安時代に余五将軍と呼ばれた平維茂(これしげ)の子孫で「忠」や「景」文字を名前に使う伝統がある。ほかに秋田県鹿角市から岩手県にかけては第五十六代清和天皇の流れをくむ清和源氏武田一族の石井さんが広がっている。この系統は甲斐国(山梨県)から東北へ移動してきたという。桓武平氏の石井さんの家紋は「片喰」など。名字の井にちなんだ「平井筒(ひらいづつ)」もよく使う。源氏の家は珍しい「法螺(ほら)」紋などを使う。(出典 MNKニュース)

全国名字めぐりの旅 秋田県(3)

秋田県に美人が多い理由について、地元でまことしやかにいわれている俗説がある。
 慶長五(1600)年に天下分け目の関が原合戦が起きた。このとき常陸国(茨城県)の戦国大名だった佐竹義宣(よしのぶ)は石田三成と親しかったため西軍に参加し、徳川家康の会津征伐を背後から牽制しようとした。ところが家康は下野国(栃木県)小山で軍勢を反転させ、関が原で石田の西軍を撃滅。敗れた佐竹は常陸五十四万余石を召し上げられて、秋田二十万石へ移動を命じられたのである。このとき佐竹は常陸の国中の美女を根こそぎ連れ去って秋田へ引っ越したというのだ。そのため秋田では美人のDNAが純粋培養されて次々と美女が生まれるようになり、常陸国ではブスしか生まれなくなったという。これはあくまでも伝説だが、秋田や茨城では今でも根強く信じられている。
武田という名字はルーツがほぼ一系統しかなく、どの家の先祖をさかのぼっても第五十六代清和天皇の流れをくむ清和源氏にたどり着く。総本家は武田信玄で有名な甲斐国(山梨県)の戦国大名武田氏である。江戸時代、蝦夷地を支配した松前藩主松前家もルーツをたどると武田一族。五稜郭を設計した武田斐(あや)三郎も同族。武田さんの大半は「武田菱」か「花菱」紋を使っている。この紋を使っていれば、間違いなく武田信玄と同族である。(出典 MNKニュース)

全国名字めぐりの旅 秋田県(2)

秋田県といえば美人が多いことでも有名である。
 なぜ美人が多いのかについては諸説がある。色白なのは秋田の日照時間が短いからだといわれているが、スラリと背の高い女性も多い。十七歳女性の平均身長159センチは全国一である。この理由は、その昔、大陸から渡来人が大挙してやって来たからだといわれるが、にわかには信じがたい。とはいえ秋田の女性は生来の美しさにただあぐらをかいているわけではない。日々努力もしているのだ。その証拠に人口当たりの美容院の数が最も多い県も秋田県である。
 秋田県には畠山という名字が多い。県内で十二番目に多い名字である。北海道へ渡った家も多く、稚内市出身の歌手畠山みどりのルーツも秋田県かもしれない。
 秋田県の畠山さんのルーツは鎌倉時代の名将畠山重忠である。重忠は源頼朝に協力して鎌倉幕府の樹立に尽力し、頼朝に深く信頼されて「鎌倉武士の典型」といわれたが、息子重保(しげやす)のとき北条氏と争いを起こして鎌倉を去った。前回紹介した三浦さんとよく似た経緯をたどった家系である。系統も三浦さんと同じ桓武平氏。重保の子孫は遠く秋田へ落ちてきて、戦国時代まで勢力をふるった。重忠の系統は「五三桐」紋をよく使う。ほかに清和天皇の末裔という畠山さんもいて、こちらは珍しい「雪輪(ゆきわ)に六薺(むつなずな)」紋を使用。(出典 MNKニュース)

全国名字めぐりの旅 秋田県(1)

秋田県には酒豪が多い。
 アルコールは体内に入ると肝臓でアセトアルデヒドに分解されるが、遺伝的にこの働きが活発でない人は酒に弱い。反対に活発な人はいくら飲んでも、どんどん分解されるので強い。分解を活性化する遺伝子をNN型というが、秋田県人は日本人の中で最もこの遺伝子を持っている人の確率が高いのだ。県民の七十%以上の人が持っている。そんな大酒飲みが集まれば当然酒代もかさむ。世帯あたりの年間酒類購入額が全国一なのも秋田県である。
 ところで秋田県に多い名字といえば三浦さんである。県内の第七位。
 三浦さんは家系をたどると、例外なく第五十代桓武天皇から発した桓武平氏にたどりつく。もともとの発祥地は神奈川県の三浦半島だ。平安末期に平為通(たいらのためみち)という武将が勲功によって三浦半島を賜わり、三浦平太郎と名乗ったことに始まる。源頼朝が旗揚げすると、一族こぞって馳せ参じ、鎌倉幕府を開く原動力となったが、後に北条氏と対立して政権中枢から追われ、全国へ散った。家紋は名字の三にちなんだ「三浦三つ引き」をよく使う。ほかに分家は沢潟(おもだか)紋も使う。(出典 MNKニュース)

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